Amane的シンセサイザー論

今の僕にとって,やはり「シンセサイザー」は音楽をしていくためには必要なツールだし,そういう意味ではシンセサイザーと言うもの自体に対する興味は強いです。が,それ以上に僕自身にとって,シンセサイザーと言うものが「楽器」であって欲しいと言う思いもあります。Favorites再開第1段として,今回はそこらへんをすこし掘り下げてみようと思います.

シンセサイザーそのものの定義

Synthesizer…「Synthesize」と言う言葉,コレを直訳すると「合成する」と言う意味になります.これはもともと,「自然界のあらゆる音にフーリエ解析を行うと,いくつもの正弦波に分解することが出来る」と言う原理を逆転…つまり「正弦波を合成することによって,自然界の音を作り出すことが出来る」と言うシンセサイザーの基本原理から来てるんですね.と言っても実際に正弦波の合成…要は「倍音加算」方式のシンセサイザーって,KAWAIだけなんですけどね.
今主流になっているシンセサイザーは「倍音減算方式」といいまして,倍音を多く含む波形からフィルターで倍音を削り,音を創っていく,というものです.またリングモジュレータやディストーションによって意図的に倍音を作り出してしまうシンセサイザーもあります.(アナログシンセの主流)

これらは,「単純波形から音を創りだす」と言うアプローチであり,更に最近のDSPシンセでは,アコースティック楽器の発音構造を仮想的にモデリングし,その発音結果を発音すると言うあたらしいアプローチのシンセサイザーもあります.いずれにしても,これらのシンセサイザーから発音される音は,やっぱり「シンセサイザー」の音であり,それこそがシンセサイザーが「電子楽器」たる所以だと思います.

音を創る楽器から、音を選ぶツールへ

この「シンセサイザー=楽器」の図式が崩れ始めたのが,PCMシンセサイザー,サンプラーの台頭でした.「自然界の音を再現する」と言うシンセの基本思想を逆手に取り,「じゃぁ自然界の音を取り込んで鳴らせる楽器を作ろう」と言うことで,自然界の音をサンプリングし,それを再生することによって,リアルな楽器音を鳴らしてやろう,というわけです.特にKORG M1はそのサウンドと低価格で爆発的ヒットを飛ばしました.

その後の半導体技術の進歩,コストダウン技術の進歩により,PCMシンセサイザーはその音のリアリティやクオリティ,バリエーションが飛躍的に増えていきます.と同時に,PCMシンセサイザーがシンセサイザーの主流となってきたとき,シンセサイザーの価値は「音を創る」から「音を選ぶ」に変化していきました.DTMの台頭も拍車をかけて,たった1台の音源から,さまざまな楽器音やシンセ音を選び出し,楽曲を創るという考え方が出てきたのです.

と同時に,「自分で音を作り出さなければならない」と言う,ある意味古いタイプのシンセサイザーは駆逐されていきました. Nord Leadの出現以後,その「音の個性」が再評価されていますが,それも良く考えてみると,PCMシンセサイザーに「個性」と言うものが存在していなかった…要は「自然界の音の再現」と言う命題を追い求めるあまり,サウンドの個性を失っていたからこそ,そのような「個性的なシンセサイザー」を見直さざるを得なくなったと言う,ある意味情けない状況と言えるかもしれません.

シンセは楽器か、ツールか

そして現在,シンセサイザーはその形態を二分させるようになりました.ひとつは「音を創る」楽器としてのシンセサイザー,もうひとつは「音を選ぶ」音楽製作のツールとしてのシンセサイザー.「シンセサイザー」と言うもともとの言葉の定義からすれば後者は反則技のような気がしないでもないですが,シンセサイザーが元来「楽器」であり,「音楽」の中にこそその存在価値を見出せ得るものだと考えれば,間違った方向性ではないと思います.

小見出しの「楽器かツールか」論争はいろんなところでよく聞きます.というか,今はやはりPCMシンセが台頭した結果,ほとんど「ツール」と化してしまった感じがします.でも,個人的にはやっぱり悲しいですね.確かに僕も音楽製作に身を置く人間ですから,「痒いところに手が届く」タイプの音源は持っていると非常に便利.ピアノの音が欲しいのに,そのピアノの音を出すのに何時間も何時間もかけて音作りをしていたのでは,「ピアノの音を出す」のが主目的になって,「音楽を創る」と言う目的を忘れかねないのですから.

「でもやっぱり」と思ってしまう.
コレばっかりはさすがに理屈がつけられないけど,やっぱりシンセサイザーは「楽器」であって欲しいし,音色を操り,倍音を操る「音を創る」楽器であって欲しいと願うわけです.
極端な話,PCMシンセサイザーで,その内臓波形をただ再生させている限り,「サウンドの個性」は生まれません.音楽というものが「音」で構成されている娯楽・芸術(個人的には音楽は芸術にはなりえないと思ってますが)である以上,やはりその「音」が評価対象になるのも確か.有名な絵画は,そのデッサン力や描写力のみならず,色使いや筆のタッチまでも絶賛されるように,やはり音楽だって,「サウンド」を聞かせたい時だってある.特に僕はミキシングにも足を突っ込んでいる関係上,PCMシンセのフィルターやエフェクターで出来ることは,やっぱり「補正」の粋を出ないんだなぁ と思うこともあります.

だからこそ,やっぱり「音を奏でる」シンセサイザーは,楽器であって欲しいと,思うわけです.

シンセサイザーのこれから

しめとして,これからのシンセサイザーの行き先を少し考えてみようと思います.

まず「音を選ぶ」タイプのシンセサイザー.今現在でもかなりのレベルまで来ているとは思いますが,それでもまだ詰められる部分はある.本当の「リアルな音」を追求し,更に進化を遂げていくでしょう.さらに「音楽を奏でる」と言う主目的のために,発音数やエフェクト数,マルチパート数がどんどんと増加し,従来レコーダーとミキサーで構成していた「レコーディングツール」をも内包し,「1台の中で音楽製作の全てが完結する」と言う命題に向かって突き進んでいくでしょう.コレはコレで歓迎すべきコトだと思います.今ですら,音楽をやるには金も場所もかかりすぎるし,機材の数も多すぎる.この原因は,音楽製作に必要なツール類のコンポーネント化がまだ発展途上であることに起因しているんですが,今後はどんどんそれが進んでいくでしょう.

一方,「音を創る」タイプのシンセサイザー…コレはどうなるでしょう.今まで開発されてきた音源方式…バーチャルアナログ,モデリング,FMといった音源方式は,今後も残っていくでしょう.それは,それら一つ一つが表現できる「サウンド」はやはりその方式でしか得られない「音」であり,その「個性」とともに,今後も受け継がれていくと思います.
更に,「今後の発展」と言う意味で行けば,モデリングシンセサイザーの高機能化.モデリングできる楽器の種類も,さらにそのモデリングの精密さも増し,PCM波形に頼ることなく,「リアルな楽器音」を再現できるシンセサイザーが,今後創られていくでしょう.

そして,双方のシンセサイザー共通の行き先が,「ソフトウェア化」の流れ.今でも往年のアナログシンセを再現したソフトウェア・シンセサイザーが幅を利かせ始めていますが,この流れが今後どんどんと大きくなっていくでしょう.従来専用ハードウェアに処理させていたデジタル音声処理を全てソフトウェア化し,パソコンのリソースを使ってその処理を行っていく…「デジタル化」のそもそもの主目的が「コストダウン」であり,そのコストダウンのためにハードウェアの点数を減らしていく…という概念は,今後どんどん加速していくと思います.
10年ぐらいすれば,音楽製作の現場からハードウェアシンセやエフェクター,ミキサー,レコーダーといったものは姿を消し,かわりにノートパソコンたった1台と,鍵盤,フェーダーなどを備えたフィジカルコントローラー1台.あとはマイクとスピーカー.といった,超ローコストな音楽製作スタジオが誕生するかもしれませんね. いやある意味それこそが,音楽製作現場の行き着く究極の姿なのかもしれません.寂しいといえば,寂しいかも…

夜空の浮かぶ窓際で,夜景を眺めながら,机の上のノートパソコン1台で,臨場感あふれるサウンドを駆使して音楽製作を行う…そんな風景があたりまえになる時代は,もうそこまで来ているのかも知れません.